【コラム】HEROに反論する-無実の人も起訴すべき?-

2014-08-28

弁護士をやっていると法廷もののドラマを見ても細かいことが気になり楽しめないものです。
HEROももちろんフィクションででたらめなところはたくさんあるけど、とはいえよくできたドラマなので今回も見てしまっています。

が、ただ見るだけじゃおもしろくないので、少しずつ物申してみようと思います。

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今回は第1話より。

第1話の聞かせるシーン、久利生検事の名セリフ。

 

“真犯人を逃したとしても、無実の人だけは絶対に裁判にかけちゃダメなんです。それが俺たちの一番大切なルールなんです”

 

一見するとすごく正しいことを言ってるように感じるこのセリフ。検察は正義だ!を感じさせるこのセリフ。
しかし、これは全くもって間違っている!と声を大にして言いたい。

絶対に無実の人を裁判にかけないとどうなるか?

裁判にかけられた人は絶対に罪を犯した人だということになる。これは論理的帰結。
そうなると、裁判は単なる儀式になってしまう。

 

裁判で自らは無実だと主張する人はたくさんいる。けれどその人たちは無実ではないから裁判にかけられたのであって、被告人の言い分は最初からウソだということである。

こんな裁判おもしろくも何ともない。白熱するはずもない。誰も一生懸命やらない。裁判はますます形骸化してしまう。

こう言う人もいるだろう。
裁判所はそれでも検察の主張に誤りがないかを判断するんだと。検察が絶対に犯人だとして起訴したとしても裁判所はそれに左右されないと。

しかしこれも間違っている。

 

検察が吟味に吟味を重ねて間違いないとして起訴したのがこの事件。そうであれば、目の前の被告人はいろいろ言ってるけど、どうせやってるんでしょ、そう考えるのが人の性である。

裁判にかけられても一定数は無罪になる。この状況がないと裁判に対する予断を排除することはできない。
起訴された事件の2割から3割は無罪になる。これくらいの状況であれば、裁判官も裁判員も、「この事件も無罪かもしれない」と思って審理するだろう。

 

打率3割のバッターが出てきたら、人は「今回も打つだろう」と思う。7割は凡退するんだけど、「今回は打つだろう」と思うものである。3割ってそういう数字だと思う。これが、打率1割を切って、0割1分のバッターが出てきてどう思う?絶対に打たないなとしか思えない。

 

残念ながら現状はこうである。絶対に有罪だと思われている中でわれわれは刑事弁護をやっているし、真に冤罪を主張する人は絶対に有罪だという予断を持たれた状態から雪冤を晴らすことを求められているのである。

そこに無罪推定もヘったくれもない。無罪推定なんて絵に描いた餅でしかなく、実態はきわめて強い有罪推定が働いている。

 

こう言う人もいるだろう。
裁判にかけられるということはその人にとって不利益だと。無実の人は裁判にかけられないのがベストだと。

確かに久利生検事もこう言っていた。

 

“とりあえず起訴っていうのはダメなんです。だって起訴して裁判にかけられるだけでその人にはものすごい負担になりますからね。
身体拘束されたら家に帰れない、仕事にもいけない。それだけで会社首になるひともいるんですよ。
その人が間違いなく犯罪を犯していると確信できない限り起訴しちゃダメなんです”

 

ここにも誤導がある。

なぜ、起訴されたら身体拘束が続くのか。そんなルールはどこにもない。起訴されたら保釈しなきゃいけない、これが法律のルールである。ところが、現状はこの法の定めを無視して、起訴しても保釈をせずに身体拘束を続けている。

起訴されても仕事をしながら自宅から裁判に通う、これこそが正しい姿である。

 

もっと言うと、なぜ検事が「この人は無実だ」とか「この人は犯人だ」と判断できると言うのだろうか。

検事は被疑者を狭い部屋に入れて20日間取り調べ、その間は検事の手元にある証拠は被疑者も弁護人も見ることはできない。私たちは何もできない。ただ20日間耐えるのみである。

このような中で、自分たちは真実に辿り着けるという考えはおごり以外の何者でもない。密室の中で仲間だけが集まってまともな判断ができるはずがない。

むしろ、みんなが見ている法廷で、弁護人が隣にいる状況で、いろいろな証拠を見た上で、検事と弁護人がそれぞれの立場から意見を述べてはじめて正しい判断ができるのは当たり前だろう。

 

また、検事の判断で不起訴になったとしてもそれは無罪ではない。検事が起訴しなかったというだけである。無罪であることは明らかにならない。疑いをかけられたままである。起訴され無罪になれば公開の法廷で無罪を宣言される。無罪であることが誰の目にも明らかになる。

 

検事はもっともっと積極的に起訴すべきである。
その中に3割くらい無罪があればいい。

そして起訴した事件が無罪になることは検事にとって恥ずべきことでも何でもない。疑わしい人を起訴するという自らの職責を果たしただけである。

久利生検事の意見を押し進めるとどうなるか。

 

それは、検察官には理解してもらえなかった無実の人が裁判にかけられ処罰されるという最も避けなければならない事態にたどりつく。

 

弁護士 趙誠峰

 

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